明応の地震で海に沈んだ安漕塚
どんな伝承か
津の役所から五、六町ほど離れた安漕浦に荒れた墳があり、俗に安漕塚と呼ばれる。塚の上には椋の木が立っている。もとの場所は明応年間の地震で沈んで海となったため、あらためてこの地に築き直したという。この浦は上代には神宮の御厨であったが、ある漁夫がその禁を破ったために命を落とし、霊魂が祟りをなした。そこで後の人が小さな祠を置き、安漕明神と称したと伝えられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第9巻』は、日本伝説大系編集委員会が編んだ伝説資料集の一巻である。三重・奈良・和歌山・大阪の各地に伝わる伝説を、三輪山・安珍清姫・弘法清水・油掛け地蔵など百余りの話型ごとに集める。各話型は例話を冒頭に据えて『日本伝説名彙』などとの対応を示し、〔類話〕に伝承地と出典つきの梗概を並べ、〔文献〕に近世以前の史料の原文を添えて補う構成をとる。