役人の腰を抜かせた腰抜田
どんな伝承か
吉野郡十津川村の五百瀬、村の中ほどにある芋瀬田は、五百瀬の荘司の屋敷跡と伝えられ、腰抜田の別名でも呼ばれる。元弘元年の十月、護良親王が数人の従者を連れて芋瀬の荘司が守る関所を越えようとしたところ、荘司は通行を拒み、錦の旗か近臣の首を差し出せと迫った。親王はやむなく錦旗を渡して難を逃れた。遅れて関所に着いた村上義光は、荘司の家に宮の旗が掲げられているのを見て激怒し、役人たちを目の前の田へ投げ飛ばして旗を奪い返した。投げられた役人は腰の骨が抜けて立てなくなり、その田を腰抜田と名づけたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第9巻』は、日本伝説大系編集委員会が編んだ伝説資料集の一巻である。三重・奈良・和歌山・大阪の各地に伝わる伝説を、三輪山・安珍清姫・弘法清水・油掛け地蔵など百余りの話型ごとに集める。各話型は例話を冒頭に据えて『日本伝説名彙』などとの対応を示し、〔類話〕に伝承地と出典つきの梗概を並べ、〔文献〕に近世以前の史料の原文を添えて補う構成をとる。