化生寺に埋められた玉藻の前の殺生石
どんな伝承か
真庭郡勝山町は江戸期に高田と呼ばれ、三浦氏が治めた。三浦貞宗が開いた化生寺の境内には、玉垣で囲まれた殺生石がある。地表の石は別物で、本体は地中深くに埋めてあるという。鳥羽天皇の世、天竺から逃れてきた白狐が玉藻の前という美妃に化けて宮中に入りこみ、灯の消えた闇の中で正体を現し、炎を吐いて帝に迫った。衛士に阻まれた狐は下野の那須野原へ飛び去って石となり、近づく者は毒気に倒れた。勅を受けた化生寺の玄翁和尚が呪を唱えて大金槌で打ち砕くと、石は安芸・越後・美作の三つの高田へ飛び散ったという。のちに悪疫が流行した際は石の祟りとされ、白狐は玉雲大権現として境内に祀られた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第10巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第10巻』は、全国の伝説を型ごとに分けて集めた叢書の一巻である。岡山・広島・山口の三県を伝承地とし、蘇民将来、吉備津彦と温羅、厚狭の寝太郎、化け猫、河童駒引き、夜泣き石、姥棄て山などの伝説を、聞き書きや市町村誌、民話集から採って収める。「文化叙事伝説」と「自然説明伝説」の部に分けて番号順に並べ、各話には伝承地と本文のあとに〔類話〕と近世の地誌などを引く〔文献〕を添える。