杵田明神に伝わる弁慶の願書
どんな伝承か
杵田大明神は瓊々杵尊を祭る社で、九月十九日の祭礼には七座の神事があり、小児四人が花笠をつけて躍る。古老の伝えでは、源義経の家臣西塔武蔵坊弁慶の産神であるという。社に納められた弁慶の願書には次のように記されていた。九歳まで母と暮らしたが、村人に憎まれて海中の島へ棄てられた。そこへ山伏が現れて遊びと兵法を教え、自分は汝の父の天狗であると告げて空へ帰った。弁慶は十歳の春、袖や裳に砂を入れて道を築き陸へ渡り、枕木山・長永寺・鰐淵寺の三山をめぐって学んだ。十五歳で長海の成相鍛冶に長刀を打たせ、出来ばえを恐れてその鍛冶を斬ったという。母は紀伊国田那部の誕象の子弁吉で、鉄を食べて弁慶を産んだと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。