皇子を埋めた花折と若宮御所神社
どんな伝承か
花折は本村の艮の方、一宇にあると記す。後醍醐帝の一の宮である中務卿の夫人が、卿の配所である土佐国幡多へ向かう途中に皇子を産んだが、この地まで来て皇子は亡くなった。夫人は皇子を路傍に埋め、持っていた長さ一寸八分の観世音の像と、径三寸ほどの鏡とを形見として樹に掛け、土佐へ向かったという。土地の人はこれをまつり、若宮御所神社としてあがめている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第12巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第12巻』所収の「文化叙事伝説」全139話(香川・徳島・愛媛・高知=四国)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。