火入れに焼かれた蛇と楮原神社
どんな伝承か
狩山の日浦の池には二匹の蛇が棲み、船窪という場所の欅の大木の根方に子を産んだ。村の作平という百姓が、その欅のあたりを切り開き、蕎麦を蒔こうとして火入れにかかる。すると子連れの蛇が現れ、三日だけ待ってくれと乞うた。作平は蒔き時を気にして耳を貸さず火を放つ。蛇は子を抱えて逃げられず、鱗を七日七晩焼かれながら死んだ。以後この蛇の祟りで、村は旱魃と飢饉に見舞われ、疫病まで流行した。そこで蛇の霊を祀って怒りを鎮めたのが、今の蛇神社すなわち楮原神社だという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第12巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第12巻』は、四国四県(香川・愛媛・徳島・高知)の伝説を話型ごとに集めた伝説集成の一巻である。神々の争いや大人の足跡、弘法大師の彫り残しや麦の種、英雄の誕生、長者、人柱、蛇聟、狼の報恩、化猫退治、首切れ馬、夜泣石、地蔵の霊験などを、町村誌や地方の伝説集、昭和五十三年度立命館大学説話文学研究会の採集調査稿から採る。百三十九話に通し番号を付け、各話に伝承地と出典、高木・柳田の分類名を添え、県別の〔類話〕と〔文献〕を続ける。