炒り豆の由来を語る鬼退治
どんな伝承か
遠見の次郎・つぶての次郎という鬼がおり、大将の鬼は国分にいた。神々の大将が筑紫の山頂に太神を集め、鬼ヶ島を退治する者を募ると、百合若太神ひとりが名乗り出た。四万八千艘の船で発ったが名島のあたりで見つかり、鬼の起こした風で兵船は沈む。百合若は投げつけられた礫を扇で受け飛ばし、白沙ヶ浜から上陸した。助命を乞う片目の鬼だけは殺さず、その鬼に食物をもらって征伐を続けたという。凱旋のとき片目の鬼を弓の先で天竺へ送り上げ、炒り豆に芽が出るか枯木に花が咲くまで降りるなと言った。それで正月七日に炒り豆をまくのだと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第13巻』所収の「文化叙事伝説」全35話(福岡・大分・佐賀・長崎=北九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。