宮内原から遷された二宮大明神
どんな伝承か
隼人町の奈牙木杜は蛭児を祀り、二宮大明神と称する。旧社地は今の社から東へ二十間ほど、杜の神木の北方五間ほどの所にその跡が伝わる。享保年間までこのあたりは宮内原という沃野であったが、新田を開いたのちに水害を憂えて寛延三年に今の地へ遷したという。神木の樟は今も根株が残り、幹の内は朽ちて空となり、その中に周囲四尺余りの樟が生え出ている。享保十三年ごろ元の幹から芽吹いた子樹だと伝える。正徳五年五月十一日には大枝が落ちて二之宮をつぶしたと『万代記』にあり、その頃までは枯れながらも倒れずにいたらしいと記す。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。