枯れた古樟と自生した三本の樟
どんな伝承か
奈毛木神叢は内村にあり、古今集では奈牙木杜と書き、感嘆叢・嘆息叢・投木叢などとも記される。神詞を二之宮大明神と号し、祭神は蛭児一座、例祭は二月と十一月の初酉の日で、隅州の二之宮と呼ばれる。伊弉諾尊の御子の蛭児神が三歳になっても脚が立たず、天盤の樟の船に乗せて棄てられ、ここに漂い着いてその船が枝葉を生じ巨木となったと伝える。古樟の神木は枯れて根株が竹林の中に残り、二之宮は享保年間までこの北にあったが、新田開墾ののち水害を避けて寛延三年に今の地へ遷された。享保十三年、国分地頭の樺山主計久初が稚い樟を植え替えさせたところ、その木は枯れ、古樟のかたわらに自然と樟が三本生えたと記す。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。