太宰節会に奉られた腹赤の贄
どんな伝承か
天平十五年正月十四日の太宰節会について、腹赤の贄と称して魚を府が供したと記される。『公事根源』によれば、元日に筑紫から奉るならわしで、昔は節会などにも供したらしく、腹赤の食べ方といって食べ残しを皆に取り回して食したという。景行天皇の御代、筑紫の国は宇土の長浜で海人がこの魚を釣って奉ったのが始まりで、その後、聖武天皇の御代の天平十五年正月十四日に太宰府から献じられてから、毎年の節会に供えるべきものと定め置かれたのだという。腹赤とは鱒と呼ぶ魚のことである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第14巻』は、熊本・宮崎・鹿児島の三県に伝わる伝説を集めた日本伝説大系の一巻である。阿蘇の大鯰や海幸山幸など神話に連なる話から、為朝・景清・人丸姫の伝承、長者や河童・狐の話、池の主や大蜘蛛退治、狩人と犬の話までを収める。各項目は口承を重んじた例話を冒頭に据え、梗概にした類話と、『肥後国誌』など近世以後の史料を原文で引く文献を続け、全体を文化叙事伝説と自然説明伝説の部に分ける。