信玄が守りを固めた雁坂峠
どんな伝承か
秩父の最奥の集落である栃本から歩いて五時間ほど、秩父往還を甲州へ抜ける山道の途中に雁坂峠がある。信玄にとってこの峠は非常に重要で、合戦に備えた火台もこの辺りに置かれたという。信玄の庇護を受けた禅宗もこの峠を越えて秩父へ入り、甲斐の興国寺や永昌院などの法流が秩父谷に広まったとされ、小鹿野の光源院や鳳林寺、日野沢の大通院はその影響で開かれ、栃本にあった峰向寺も永昌院の流れを汲む。信玄が重臣飯富民部に宛てた書状にも雁坂の守りを怠るなとの一条が見え、峠が戦略の要所であったことがうかがえる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父の伝説と方言
『秩父の伝説と方言』は、秩父市教育長鶴沢福松の序を付し、編集委員が執筆整理にあたって編んだ秩父地方の伝説と方言の集成である。秩父市と秩父郡に伝わる伝説を集め、武甲山麓のジジイ・ババア石、橋立鍾乳洞の悪龍、畠山重忠や坂上田村麻呂にまつわる話、伐ると祟る天狗松などを語り口調で記す。伝説は石・水・塚・屋敷跡・山と人物・地名・社寺および城跡・木に関する八つの部に分け、話によっては他地方の類話を注記する。