流された皇子が住んだ大内沢
どんな伝承か
東秩父村の大内沢には地名にまつわる古い言い伝えがある。大内とは内裏や御所、つまり宮中を指す言葉で、皇子の意味にも通じるという。延暦十二年、桓武天皇の皇子葛原親王の子である恒望王が、これといった理由もなく辺地へ流され、この地を住まいに選んだため大内と呼ばれた。王が亡くなると隣村の旧大河原村に葬られて御堂が建てられ、それが御堂という地名になったと伝える。新編武蔵風土記はこの説を疑わしいとし、御堂については、正和年中に大河原光興が日朗を開山に比企谷から法華堂を移し日蓮の御影を安置した浄蓮寺の縁起に由来するという別の説もある。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父の伝説と方言
『秩父の伝説と方言』は、秩父市教育長鶴沢福松の序を付し、編集委員が執筆整理にあたって編んだ秩父地方の伝説と方言の集成である。秩父市と秩父郡に伝わる伝説を集め、武甲山麓のジジイ・ババア石、橋立鍾乳洞の悪龍、畠山重忠や坂上田村麻呂にまつわる話、伐ると祟る天狗松などを語り口調で記す。伝説は石・水・塚・屋敷跡・山と人物・地名・社寺および城跡・木に関する八つの部に分け、話によっては他地方の類話を注記する。