御堂に椀家具を隠した加賀様の隠し路
どんな伝承か
やや珍しすぎて作りごとかとも思う話を一つ聞いている。加賀様の隠し路といって、前田侯が万々一の場合に領内へ逃げ帰る途が用意されていたという話である。昔、山中共古が語ってくれたもので、表向きの記録にあろうはずもなく、知らぬと答える人が多いことも判っている。山中の話では、その路筋には若干の距離を隔てて相応な手当がしてあった。たとえば村の片脇に観音薬師などの御堂があって、その建立には無名氏の寄進があった。堂の仏壇の下は塗籠になっていて、その中には一通りの椀家具が入れてある。そういうものを辿って行けば、おおよその道筋が判るというのであった。
原典より
堂の佛壇の下は塗籠になつて居て、其中には一通りの椀家具が入れてあつた。—— 定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。