鳥居の石額に浮かんだ僧侶の姿
どんな伝承か
名古屋西川流の宗家西川司津が、昭和七、八年の五月頃に金沢へ出稽古に行き、いつものように西廓の事務所に泊まっていた時の話。事務所の隣に天神の祠があり、夕方その前で涼んでいると、顔見知りの置屋の主人が鳥居を見上げて額の話を始めた。一昨年の夏の夕方、主人が鳥居の前で見上げると、菅原神社と刻まれた石の額の金文字が消え、代わりに僧侶の姿が映っていた。警官の立ち会いで調べても文字は戻らず、石に彫った字を削るのも、人目を忍んで掛け替えるのも無理だったので、何かの知らせだろうと額を下ろして祠の中にしまった。翌朝司津が祠をのぞくと僧侶の姿の入った額が確かにあり、以後は金沢へ行っても鳥居の前に立たなかった。
原典より
* 天井裏の妖婆 (178)* 老婆の幽霊 (179)* 東京の納豆 (181)* 善方寺の符籙 (184)* 箱を背負った女の姿 (186)* 姉の死 (187)* 按摩の阿岩 (189)*…—— 日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。