流された恒望王が住んだ登谷山の長者屋敷
どんな伝承か
秩父郡東秩父村大内沢の登谷山の中腹に、長者屋敷とよばれるところがある。『武蔵国郡村誌』は村の北隅にあり縦八十間横四十間、昔長者の住居した跡と口碑に伝えると記す。ここは高見王の第二子恒望王が故なくして遠流され居住した所ともいい、弘仁十年(八一九)に王が逝去すると、村民は尊骸を近くの清地に葬って一宇を建て御堂と称した。また昔この地に大きな欅があり、夕日が傾くとその影が行田の忍城までかかって稲の生育に障るとして切り倒されたという。土地では長者屋敷を忍城主の屋敷跡ともいい、城が危うくなると宝物をここに埋めたといって、その埋めた所を「見ずの穴」と伝えている。
原典より
昔、その地に大きな欅の木があり、夕日が傾く時その影が行田の庄忍城までかかった。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。