尊が投げた穀種が実った蒔田郷
どんな伝承か
秩父橋を渡り低い峠を越えた先に、山あいには珍しく細長い田が開けた蒔田がある。伝えでは、東国を平らげた日本武尊が武蔵に入り、峰の上から見えた雄大な山の名を問うと、里人は秩父が嶽だと答えた。尊がその山に登って国の平安を祈ると翁が忽然と現れ、穀種を戈の先に掛けて北へ投げよ、落ちた所で実りを守ろうと告げて消えた。教えどおり投げると種はほどよく散り、小山田の田にはつかみきれぬほどの大株が育ったので、この地を蒔田郷と名づけた。里の椋の大木の下に神が留まったので、尊が八千戈大己貴椋の大神として祀ったのが今の椋神社だという。
原典より
秩父市から荒川に架せられた秩父橋を渡り更に小さな低い峠を越した所を「蒔田」と言います。—— 秩父の伝説と方言 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父の伝説と方言
『秩父の伝説と方言』は、秩父市教育長鶴沢福松の序を付し、編集委員が執筆整理にあたって編んだ秩父地方の伝説と方言の集成である。秩父市と秩父郡に伝わる伝説を集め、武甲山麓のジジイ・ババア石、橋立鍾乳洞の悪龍、畠山重忠や坂上田村麻呂にまつわる話、伐ると祟る天狗松などを語り口調で記す。伝説は石・水・塚・屋敷跡・山と人物・地名・社寺および城跡・木に関する八つの部に分け、話によっては他地方の類話を注記する。