義家が筵を敷いた平石
どんな伝承か
熱海町の字石筵にある家の庭内に、一丈四方の平らな石板がある。寛治五年八月、源義家が朝命を受けて奥州の豪族安倍貞任を伐つために下向し、この家の庭内に陣取って、この石に筵を敷き腰を掛けて指揮をしたという。後世、この石の名をとって郷の名としたと伝えられている。
原典より
熱海町字石筵の後藤家の庭内に一丈四方の平石板がある。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。