一揆の供養塔に舞う黒い蝶
どんな伝承か
語り手の一家はもと田村郡滝根町に住み、家族の怪我や病が絶えなかった。石綿工場をたたんで屋敷を売り郡山へ出たあと、その屋敷跡を整理した人が、四畳敷ほどの場所をきれいにして、笠をかぶって埋まっていた大きな石を掘り出した。縁を頼んで自分の大事にしていた御影石の水盤と交換してもらい、郡山へ運んで祀ったところ、信仰深い老婆から、これは百姓一揆で処刑された人たちの供養塔だと教えられた。希望ヶ丘から桃見台へ移されたのち、法現寺の境内に安置し、毎年四月二十四日に供養している。祭りの日には決まって黒い蝶が飛んで来るという。
原典より
▼伝承地 咲田私の家では田村郡滝根町に住んでいたが家族が怪我したり病気したりいろいろ苦労が絶えなかった。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。