船頭に箭を与えた箭給の渡し
どんな伝承か
寛治三年、鎮守府将軍源義家が東征の折、浜通りより中通りに出るに際してこの地を通り、総勢を渡し終えたとき、船頭に箭を給わったという。これよりこの渡しを箭給の渡しという。往古はここが田村の庄に通ずる唯一の渡し場であり、長旅や神社仏閣への参詣に出発するときは、吉例としてこの渡しを渡ったと伝えられている。
原典より
寛治三年鎮守府将軍源義家公東征の時、浜通りより中通りに出るに際しこの地を通り、総勢を渡し終って船頭に箭を給わった。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。