毒もみで滅んだ楢崎千軒
どんな伝承か
猪苗代湖ができるずっと以前、日橋川は湖南の御霊櫃峠の山谷に源を発し、川沿いに街道が通って、浜路の楢崎という所は「楢崎千軒」と呼ばれる旅篭町として賑わう山市であった。ある秋、山の神講に集まった若者たちが翌日の毒もみ漁を相談していると、宿に泊まった役の行者が残りの赤飯を何杯も食べ、新滝の川がよいとしきりに勧めた。行者は月が出たと言って宿を発ち、若者たちは翌朝なぜか古滝をもんだ。予想外の大漁だったが、どの魚の腹からも赤飯が出た。行者は滝の主魚の化身だったのである。その年は雷と地震が続き、大洪水で旅篭町も家々も流され、楢崎千軒は跡形もなくなったという。
原典より
猪苗代湖が出来るずっと以前のこと、日橋川は湖南の御霊櫃峠の山谷にその源を発し、川沿いに戸ノロから街道が通り、浜路の楢崎という所は「楢崎千軒」といわれて、御霊櫃峠を辿る旅人の旅篭町で賑った山市であった。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。