腹から麦飯が出た淵の大鰻
どんな伝承か
米ヶ袋には毎年盆になると訪れ、家々で盆棚のお下がりを馳走になって帰る坊さんがあった。何十年通っても年を取った風がない。ある年、若者たちが下の淵にいる年経た大鰻を毒もみにしようと相談していると、坊さんは盆中の殺生はやめよと強く止め、麦飯を馳走になって立ち去った。怪しんだ源兵衛が跡をつけると、坊さんは崖を下りて淵に吸い込まれるように消えた。一同で毒を流すと大きな鰻が浮かび、腹を裂くと中から麦飯が出てきた。それでこの淵を源兵衛淵と呼ぶのだという。
原典より
昔、米ヶ袋へ毎年お盆になるとやって来て、家々で盆棚のお下りを馳走になって行く坊さんがあった。—— 日本伝説大系 第2巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第2巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第2巻』は、岩手・宮城・秋田の三県に伝わる伝説を話の型ごとに集めた伝説資料集である。山の争いや沼の主の手紙、巨人の足跡、八郎太郎、ザシキワラシ、河童、掃部長者などの伝説を、口承の聞き書きと近世以降の地誌・縁起から採る。凡例のとおり各項は伝承地を示した例話を冒頭に据え、〔類話〕〔文献〕〔参考〕を続け、柳田・高木による話型名を添えた項もある。