田村麿が射た大鰻の祟りと置宮の諏訪明神
どんな伝承か
宝飯郡長沢村の関屋から額田郡境まで続く大きな沼が昔あった。延暦年間のある夜、坂上田村麿がこのあたりを通ると、目の前に見上げるような入道が現れて襲いかかった。沼に数十尺の大鰻が棲んで村人を脅かしていると知っていた将軍は、強弓のひと矢でこれを退治した。村人は喜んだが、その後この沼の水を汲む者が次々に得体の知れぬ病に倒れた。鰻の祟りだろうと沼のほとりに諏訪明神を祀って霊を慰めると、祟りはほどなく止んだ。以来この地を置宮といい、沼沿いの並木を鰻並木と呼ぶ。のちに領主の命で数千束の松葉を投げ入れて沼を埋め立て耕地にしたので、字名を千束、ここから流れ出る川を田村身洗川というと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
愛知県伝説集(福田祥男・1961年(昭和36年))
『愛知県伝説集』は、福田祥男が昭和三十六年に著した愛知県の伝説集である。尾張・三河の山や海、淵や池、地蔵と観音、石や塚、城跡、地名、動物と変化、植物、祟りと怨霊などにまつわる言い伝えを、原型に忠実に再現することをめざして平易な文で語り直し、話の末に郡市名を添える。山の伝説から其の他の伝説まで十五の部に分け、あとがきでは前年に出した『愛知県伝説集・虹と黒潮』を全面的に改稿し増補したと記す。