持統天皇が名づけた花園山と美人のいない麓
どんな伝承か
額田郡岩津町(いまの岡崎市)奥山田の北にそびえる花園山は、村積山とも三河富士とも呼ばれる。大宝二年、持統天皇が三河へ行幸した折にこの山へも登られた。ちょうど三河の春の盛りで山じゅうの花が咲きほこり、南北と西に開けた頂上からの眺めもみごとで、天皇はその美しさに感じ入り、花園山と名づけたという。花染山、美人山という別名もある。面白いことに、この山に美しさをすっかり奪われて、麓の村には美人が一人もいなくなったと語られている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
愛知県伝説集(福田祥男・1961年(昭和36年))
『愛知県伝説集』は、福田祥男が昭和三十六年に著した愛知県の伝説集である。尾張・三河の山や海、淵や池、地蔵と観音、石や塚、城跡、地名、動物と変化、植物、祟りと怨霊などにまつわる言い伝えを、原型に忠実に再現することをめざして平易な文で語り直し、話の末に郡市名を添える。山の伝説から其の他の伝説まで十五の部に分け、あとがきでは前年に出した『愛知県伝説集・虹と黒潮』を全面的に改稿し増補したと記す。