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槍先で掘った池と我母婆様

所在地福島県郡山市安積町荒井北井(我母婆白翁両神社)
年代伝承(寛文十一年石祠建立)
登場遠藤正兼夫婦、鎌足公、遠藤清右衛門、遠藤猪太、石祠の建立者、採録者
出典郡山の伝説

どんな伝承か

安積町荒井字北井は、以前は全村で十九戸、全戸が遠藤姓であった。我母婆様はこの遠藤家の氏神で、正式には我母婆白翁両神社という。祭神は藤原鎌足の後裔とされる遠藤家の先祖で、須賀川の脇館に住み二階堂家の重臣であった家が、二階堂家の断絶によって安積郡針生村へ移って百姓となり、その子正兼が北井村へ移り住んだ。正兼夫婦は豪傑で、伊勢へ七度、熊野へ七度、湯殿山へ四十八度も参詣したという。夫を白翁、妻を我母様と崇めて祭神とした。この祭神には神徳があり、村内に変わり事があるときは必ず神霊が現れると伝えられた。我母婆様が槍先で掘った池が槍が池であるという。

原典より

安積町荒井字北井は、以前は全村で十九戸、全戸が遠藤姓で、我母婆様はこの遠藤家の氏神様で、正式の神社名を我母婆白翁両神社という。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))

『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。

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