腹に馬頭観音を納めた来福寺の観音
どんな伝承か
湖南町横沢の来福寺の境内に観音堂があり、その中に一体の観音像が安置されている。この観音像の腹の中には、工藤祐経が信仰していたという一寸五分の馬頭観音像が納められていると伝えられている。この観音は六観音のひとつといわれ、和讃には「右は工藤御家の観世音、二世御霊現立つる横さ輪」とうたわれている。
原典より
湖南町横沢の来福寺境内に、観音堂があり、その中に一体の観音像がある。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。