館主の祈願で開かれた川田の長林寺
どんな伝承か
三穂田町川田に川田館跡があるが、その裏の畑が曹洞宗の長林寺の跡だという。今はその一部が墓地になっている。この寺は須賀川の長禄寺の末寺であったという。川田館の館主は高仁之進といい、その館主の祈願で、長沼の大用山永昌寺の九世孤峯和尚が大永元年に開基した寺であるという。本尊は大邦山小原寺の古仏の阿弥陀如来座像を貰い受けたものと伝えられる。明治の廃仏毀釈にあたり、川田部落に二寺は不要であるとして、明治十六年九月、廃寺になったと伝えられている。
原典より
三穂田町川田に、川田館跡があるが、その裏の畑が、曹洞宗の長林寺の跡だという。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。