丹伊田に開かれ三春へ移った天沢寺
どんな伝承か
西田町丹伊田には昔、天沢寺という曹洞宗の寺があり、十六ヶ寺の本寺であったという。宗祖道元から八代の法孫、宗峯覚秀大和尚が文中三年九月二十五日に遷化し、小屋館山の麓の伊勢沢に建てられたという。田村氏の没落後は三春の平沢、次いで会下谷へ移り、寛永六年十一月に現在の清水へ移った。寺宝は、岩城判官政氏の末裔にあたる陸奥守正道の子、医王丸の守本尊であった地蔵菩薩で、坊舎も六つあった。政氏は建久年中に陸奥守となりながら国政を怠り、重臣村岡重頼と謀反を企てたため、逆意を知った忠臣が奥方と万寿姫、待女の小笹を伴い北越へ逃れようとして、この地で地蔵菩薩を安置し、政氏の裔の岩崎右衛門三郎隆頼に守護を託したという。
原典より
昔、西田町丹伊田に、天沢寺というお寺があったという。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。