阿弥陀が化けた茶たて婆様
どんな伝承か
西田町丹伊田の鹿島神社の前の道を少し行ったところに集会所があり、その側の堀に一人暮らしの婆様が住んでいた。婆様は通る人ごとに「お茶をたってござれ」と言ってまつわりついた。ある日の午後十時ごろ、三春の殿様から二本松の殿様のもとへ行く飛脚が通りかかると、いつものように声をかけられ、暗く淋しい場所での気味悪さに耐えかねて抜き打ちに斬った。婆様は真っ二つになったという。飛脚が帰り道に尋ねても誰も知らず、死んだはずの婆様の姿もなかった。二、三日過ぎて、近くの阿弥陀様が何もしないのに割れていた。婆様は阿弥陀様が化けたものだといわれ、その場所は今も「茶たて場」として残る。
原典より
昔、鹿島神社の前の道を、少し行ったところに集会所があり、その側に堀があり、そこに一人暮らしの婆様が住んでいたという。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。