黒沢橋で狸を挟み撃ちにした狐
どんな伝承か
東山の狐と西山の狸が黒沢橋で戦争をしたという。今の韮崎小学校の東の橋の付近だが、昔は現在の橋より五十メートルほど上流に、三本ほどの丸太を並べた土橋が架かっていた。あるとき東山に住む狐が、西山の狸とこの橋を境に戦をした。初め狐軍は橋を渡って狸軍に攻め込んだが、間もなく退却と見せかけて半数が橋を渡り、半数を橋の下に隠した。狸軍は勢いに乗じて追撃し、全軍が橋を渡り出す。その時、狐軍は振り返り、橋の下の伏兵と同時に激しく狸軍を攻めた。狸軍は挟撃されて黒沢川に落ち、全滅してしまった。狐の方が狸より利口だったという話である。
原典より
東山の狐と西山の狸が、黒沢橋で戦争をしたという。—— 韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年))
『韮崎市の民話伝説』は、韮崎市教育委員会が昭和四十二年に発行した民話・伝説集である。韮崎・円野・中田・穴山・藤井・神山・穂坂・清哲・旭・大草・竜岡の十一町で民俗資料調査員が集めた百六十八話を収め、武田信玄・勝頼や鎮西八郎為朝、弘法大師の話、山の神のたたりや化かされた話などに話者名や『裏見寒話』などの出典を添える。巻頭に昔話と伝説の解説を置き、本文を木・石・水・塚・坂峠・山・谷沢・屋敷跡城址・祠堂・その他の十部に分ける。