子狐を食べた祟りとちんちゅう稲荷
どんな伝承か
穂坂町柳平の源兵衛ら六、七人が、東光寺の裏山で獣の巣を掘ったところ、夕方になって大きな狐が一匹とび出し、あとに子狐が七匹いた。面白がって連れ帰り、仲間の家で煮て食べてしまった。ところがその夜から翌日にかけて、穴を掘った仲間の子供が体を損なわれたり殺されたりする事が続いた。加害者は誰とも分からない。人々は狐のたたりだと思って祠を造り、これを神に祀った。それが今の「ちんちゅう稲荷様」であると伝えられている。
原典より
源兵衛達六、七人で、東光寺の裏山で地熊の巣を掘った。—— 韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年))
『韮崎市の民話伝説』は、韮崎市教育委員会が昭和四十二年に発行した民話・伝説集である。韮崎・円野・中田・穴山・藤井・神山・穂坂・清哲・旭・大草・竜岡の十一町で民俗資料調査員が集めた百六十八話を収め、武田信玄・勝頼や鎮西八郎為朝、弘法大師の話、山の神のたたりや化かされた話などに話者名や『裏見寒話』などの出典を添える。巻頭に昔話と伝説の解説を置き、本文を木・石・水・塚・坂峠・山・谷沢・屋敷跡城址・祠堂・その他の十部に分ける。