狐の尻をあぶった幸えんぼう
どんな伝承か
昔、この村に幸右衛門という人があった。甲府へ薪を売りに行った帰り、馬の手綱を肩にかけ、寒いなか三ッ石の坂を上って来ると、頂上近くで傍らの松の根本から若い娘が出て来て、柳平まで乗せてくれと言う。幸右衛門は三ッ石稲荷の狐が荷鞍の魚を狙って来たなと察し、落ちないようにと言って娘を綱で鞍にからみつけた。家に着くと、寒いから湯が沸いていると言い風呂の底蓋を外し、娘を入れて下から火を焚いた。釜が焼けて尻が熱くなると、娘はついに本性を現し、狐となって湯からとび出し、けつあぶりの幸えんぼうと呼ばわりながら向かいの山へ駆け登ったが、途中で倒れてしまった。幸右衛門は哀れに思い、倒れた処に石の祠を建てて霊を慰めた。
原典より
昔この村に幸右衛門と云う人があった。—— 韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年))
『韮崎市の民話伝説』は、韮崎市教育委員会が昭和四十二年に発行した民話・伝説集である。韮崎・円野・中田・穴山・藤井・神山・穂坂・清哲・旭・大草・竜岡の十一町で民俗資料調査員が集めた百六十八話を収め、武田信玄・勝頼や鎮西八郎為朝、弘法大師の話、山の神のたたりや化かされた話などに話者名や『裏見寒話』などの出典を添える。巻頭に昔話と伝説の解説を置き、本文を木・石・水・塚・坂峠・山・谷沢・屋敷跡城址・祠堂・その他の十部に分ける。