石下の旧妙見寺と将門供養碑
どんな伝承か
鬼怒川畔の結城郡石下町の妙見寺は今は廃絶して薬師堂だけを残す。ただし将門の供養碑と称する石碑があり、高井悌三郎の考証で建長六年二月十四日六十六類講の碑文が確かめられ、現在は西福寺の門前に移されている。鬼怒川の対岸、字蔵持新田の行屋という念仏堂にも建長四年と五年の二月十四日付の将門供養碑があり、一族を葬った六十六塚が残る。二月十四日は将門最期の日で、今も古老がその命日に行屋に集まって講を行う。西福寺は千葉氏ゆかりの増上寺から受けた九曜星の紋を寺紋とし、将門の勢力下で千葉氏の影がちらつく土地として妙見信仰の根拠地だった可能性を論じる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・1966年(昭和41年))
『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』は、梶原正昭と矢代和夫が一九六六年に著した平将門の伝説の研究書である。茨城県岩井町をはじめ各地の伝説地の踏査と、縁起・古記録・地誌をもとに、将門の怨霊と調伏、七人の影武者、子の良門や娘の如蔵尼、寵妃桔梗ら落人の行方、後裔を名告る家々、伝説の伝播と文芸化をたどる。序章と三篇からなり、巻末に青森県から鳥取県までの伝説分布と、寺社縁起など関係文献の抄録を附録として付す。