将門調伏の勅願所鶏足寺と鉢叩の起源
どんな伝承か
足利の鶏足寺は、将門調伏の勅願所になったと伝えられる寺で、高麗村の高麗神社と古くから交流があった。弘長三年銘の洪鐘に名の見える禅阿はこの寺の政所となった人で、弟の慶弁も諸国の名山を修行したのち鶏足寺にとどまり、大般若経や法華経を書写したといい、二人は高麗神社二十三代純秀の子であった。埼玉の吉見岩殿山にも、将門調伏の祈願で三足の鶏が壇上に落ち、ほどなく将門が滅んだという鶏足寺とよく似た伝えがある。また足利には、将門退治ののち秀郷の将兵が冑の鉢を叩いて歓呼し、その子孫が鉢叩になったという有名な伝えも残っている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・1966年(昭和41年))
『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』は、梶原正昭と矢代和夫が一九六六年に著した平将門の伝説の研究書である。茨城県岩井町をはじめ各地の伝説地の踏査と、縁起・古記録・地誌をもとに、将門の怨霊と調伏、七人の影武者、子の良門や娘の如蔵尼、寵妃桔梗ら落人の行方、後裔を名告る家々、伝説の伝播と文芸化をたどる。序章と三篇からなり、巻末に青森県から鳥取県までの伝説分布と、寺社縁起など関係文献の抄録を附録として付す。