神鏑に当たって滅ぶ将門と英雄の神罰
どんな伝承か
将門が自ら新皇と称して朝威に背いたとき、『将門記』は都の狼狽ぶりを詳しく描き、五大力尊が侍者を東国へ遣わし、八大尊官が神の鏑矢を賊方に放ち、天神は口をひそめて賊徒の分不相応な望みをそしり、地祇は悪王の心を憎んだと記す。反乱の報に驚いた朝廷が神仏に祈誓をこらし、それに応えて神が威を現し将門が滅ぶという筋である。将門の戦死についても、新皇は暗に神鏑に当たり、ついに託鹿の野に戦って独り蚩尤の地に滅んだと書かれている。著者はこれを、傲慢な行き過ぎのために神の怒りを買って滅ぶという古い英雄伝説の神罰観であり、王権に逆らう英雄即反逆者という二重の意味をもつものとみている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・1966年(昭和41年))
『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』は、梶原正昭と矢代和夫が一九六六年に著した平将門の伝説の研究書である。茨城県岩井町をはじめ各地の伝説地の踏査と、縁起・古記録・地誌をもとに、将門の怨霊と調伏、七人の影武者、子の良門や娘の如蔵尼、寵妃桔梗ら落人の行方、後裔を名告る家々、伝説の伝播と文芸化をたどる。序章と三篇からなり、巻末に青森県から鳥取県までの伝説分布と、寺社縁起など関係文献の抄録を附録として付す。