身代わり地蔵
どんな伝承か
大磯の浄土宗西長院の本尊である等身大の石地蔵は、身代わり地蔵とも首切れ地蔵ともお化け地蔵とも呼ばれる。もとは寺のそばの街道筋に立っていた。縁起によると鎌倉時代、梶原景時の部下悪太郎義景は日ごろこの地蔵を篤く拝んでいた。あるとき頼朝の鶴岡八幡宮参拝の折に狼藉を働いた者があって大騒ぎとなり、一味と疑われた悪太郎は地蔵参りに来たところを頼朝の家来に斬られた。ところがしばらくして息を吹き返し、体を調べてもどこにも傷がない。ふと見ると地蔵の体に刀傷があって血が噴き出しており、地蔵が信心に応えて身代わりになったと評判が立ったので、頼朝も悪太郎を許したという。
原典より
五反田のおとめ地蔵(愛甲郡伊勢原町) 二一〇芦の湖の九頭竜明神(足柄下郡箱根町) 二二七禁忌の伝説 二三一トウモロコシを作らぬ谷戸(川崎市野川) 二三一—— 神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年))
『神奈川の伝説』は、読売新聞社横浜支局が一九六七年に編んだ神奈川県内の伝説集である。読売新聞神奈川県民版に昭和四十年九月から四十二年八月まで八十回連載された「神奈川の伝説」のうち六十五回分を収め、文は谷川平夫記者が書き、伝説の地を訪ねて住職や古老に聞いた話と現在の様子を添える。樹木・石・塚・水・坂や島・屋敷址・社寺・禁忌・地名の部に話を分け、大藤時彦の序文と巻末の解説・索引を付ける。