蛇苦止明神
どんな伝承か
建仁三年、二代将軍頼家の側室讃岐の局の父比企能員は北条時政を討とうとしたが露見し、時政にだまし討ちにされて比企の屋敷も攻め落とされた。離れにいた讃岐の局は兄弟が次々討たれるのを見て邸内の池に身を投げた。文応元年、時政の孫北条政村の娘が突然狂乱し、自分は讃岐の局だ、比企谷の土の中で蛇の姿にされ頭上の炎に焼かれ続けている、恨みを晴らすため北条を滅ぼすと口走った。鎌倉中の僧の祈祷も効かなかったが、生き延びた能員の末子能本が日蓮の助けを得て、局が死んだ池のほとりに堂を建て蛇苦止明神として祀ると娘の病は治まった。能本が屋敷を日蓮に寄進したのが妙本寺の始まりという。
原典より
芦の湖の九頭竜明神(足柄下郡箱根町) 二二七禁忌の伝説 二三一トウモロコシを作らぬ谷戸(川崎市野川) 二三一地名の伝説 二三九—— 神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年))
『神奈川の伝説』は、読売新聞社横浜支局が一九六七年に編んだ神奈川県内の伝説集である。読売新聞神奈川県民版に昭和四十年九月から四十二年八月まで八十回連載された「神奈川の伝説」のうち六十五回分を収め、文は谷川平夫記者が書き、伝説の地を訪ねて住職や古老に聞いた話と現在の様子を添える。樹木・石・塚・水・坂や島・屋敷址・社寺・禁忌・地名の部に話を分け、大藤時彦の序文と巻末の解説・索引を付ける。