恋人を探す女影原の幽霊
どんな伝承か
日高の女影は、『太平記』に建武二年七月の合戦の場として名の出る古戦場である。北條時行の軍が鎌倉をめざして攻め上り、迎え撃った足利方の渋川刑部らはこの原で敗れて討死した。戦いが終わってまもなく、血に染まった戦場を若い娘がひとり、将来を誓った恋人の亡骸を探して歩き回った。それからこの地を女影原と呼ぶようになったと伝わる。別の話では、合戦の日の夕暮れに美しい女が現れ、討死した武士の中から恋人を探してほしいと村人に頼み、一緒に探すうちに消えた。以来ここを通ると、女が影のように現れて泣きながら同じことを頼むという。著者は地名に付会した創作とみている。
原典より
それからはここを通ると、この美しい女が影のように現われて、私の恋人をさがして下さいと、さめざめと泣きながら頼むという。—— 秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年(昭和59年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年(昭和59年))
『秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行』は、神山弘が一九八四年に著した伝説探訪の紀行である。越辺川の流域や高麗郷、富士山のある村々、竹寺、武甲山と三峰山、宝登山、釜伏峠と粥新田峠など埼玉県西部の山村を歩き、土地の古老からの聞き書きと『新編武蔵風土記稿』などの記録を交えて、竜や大蛇、天狗、幽霊、将門などの伝説を語る。土地ごとの章に小見出しを立てた随筆体で、著者の前著『ものがたり奥武蔵』で扱わなかった土地を主にとりあげる。