女影と美女の幽霊
どんな伝承か
埼玉県日高市女影の原古戦場に伝わる伝説。建武二(一三三五)年七月、北条高時の子相模次郎時行の軍と足利方の渋川刑部らがこの女影原で合戦し、渋川刑部以下三百人が討死したという。戦の直後、恋人の遺体を捜し求めてさまよう若い女の霊が現れるようになったと伝わり、これが女影原の地名の由来ともいわれる。また村の千丈ヶ池には、白馬に見初められた姫が松に隠れ、水面の影に飛び込んだ馬が死んだという伝説も残る。
原典より
女影という村の名は、何気なく見ただけでも、ロマンを誘うような香りがする。—— 秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年頃(昭和50年代)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年頃(昭和50年代))