弟富士山
どんな伝承か
埼玉県秩父市日野の弟富士山にまつわる伝説。筑波国造の末裔石井大乗睦則が東海の富士山に三十三度登った記念に昌泰三(九〇〇)年に社を建てたのが始まりといい、天徳四(九六〇)年六月十四日、真夏にもかかわらずこの山の頂上に雪が降った。子孫の石井直次がこれを富士吉田の浅間神社に報告すると瑞兆であるとして弟富士山の名を贈られたと伝わる。女人の登拝は禁じられ、寛文十(一六七〇)年に女人堂が作られたという。
原典より
秩父の町から自動車または秩父鉄道で荒川沿いに三峰山に向って進むと、武州日野駅の少し手前、安谷川を渡るあたりで、道路の行手をさえぎるように立ちはだかる富士山型の小山を見るが、これが標高三八六メートルの弟富士山である。—— 秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年頃(昭和50年代)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年頃(昭和50年代))