ダイジャ坊の粥と大霧山・釜伏山の名
どんな伝承か
むかしダイジャ坊という巨人がいたという。荒川の水を汲んで粥新田峠で粥を煮て食べたとき、湯気が凍って霧となって流れたので、そこを大霧山と名づけた。また使った釜を伏せた場所が釜伏山、かぶっていた笠を置いた場所が笠山、着ていた蓑を脱いだ場所が蓑山、食べ終えた箸を立てた場所が二本木峠になったのだという。ダイジャ坊の足跡と呼ばれる窪地は、大霧山の西側の三沢村と、二本木峠の尾根上にあり、二本木峠のものは今の秩父高原牧場の事務所の場所で、かつては大雨が降ると五尺ほども水が溜まったそうだ。
原典より
むかしダイジャ坊という巨人がいて、荒川の水を汲んで、粥新田峠で粥を煮て食べた。—— 秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年(昭和59年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年(昭和59年))
『秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行』は、神山弘が一九八四年に著した伝説探訪の紀行である。越辺川の流域や高麗郷、富士山のある村々、竹寺、武甲山と三峰山、宝登山、釜伏峠と粥新田峠など埼玉県西部の山村を歩き、土地の古老からの聞き書きと『新編武蔵風土記稿』などの記録を交えて、竜や大蛇、天狗、幽霊、将門などの伝説を語る。土地ごとの章に小見出しを立てた随筆体で、著者の前著『ものがたり奥武蔵』で扱わなかった土地を主にとりあげる。