北方の十二の土手(人柱)
どんな伝承か
小倉南区北方で、小倉競馬場の西側を流れる紫川が北九州大学グラウンドのあたりで曲がり、志井川と合流する地点は、昔から毎年のように洪水で堤が切れ、村人たちを大いに苦しめた。相談の末、村人たちは十二歳になる娘を人柱に立てた。すると堤は切れなくなり、以来この娘の供養が行われるようになったが、村人たちはその場所を「十二の土手」と呼んで忌地とした。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
北九州市史 民俗(北九州市・北九州市史)
『北九州市史 民俗』は、北九州市が編んだ市史の民俗編である。ここに収めるのはその第三編「信仰伝承」第一章「信仰」の第二節以降で、門司・小倉・若松・八幡・戸畑の各区に伝わる聖地と忌地、神仏信仰、神事と法会、巡礼、巫者・祈禱師、信仰集団、狐憑きや犬神などの憑霊・霊異現象を記す。節ごとに地区と地名を挙げて事例を並べる編み方で、祟る石や産女石、落人の墓なども忌地の項に見える。