花尾城の討ち死にを弔う前田の盆踊り
どんな伝承か
祇園二丁目に伝わる前田の盆踊りは市の無形民俗文化財で、明応のころ花尾城の合戦で討ち死にした人々を弔うため、その子孫や村人が始めたと伝えられる。明治以降は中断と復活をくり返したが、昭和三十三年に地元の保存会が立ち上がって再び踊られるようになり、いまは毎年八月二十四日、朝日観音堂の祭りの夕方に踊る。踊り手は絣の着物に手甲脚半、手拭をかぶった上にシバの束を載せる。この姿は京都の大原女に似ており、花尾城を支配した大内氏が京の文化を取り入れた名残ではないかといわれる。囃子は太鼓と鉦、三味線で、歌にはみちのくや思案橋がある。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
北九州市史 民俗(北九州市・北九州市史)
『北九州市史 民俗』は、北九州市が編んだ市史の民俗編である。ここに収めるのはその第三編「信仰伝承」第一章「信仰」の第二節以降で、門司・小倉・若松・八幡・戸畑の各区に伝わる聖地と忌地、神仏信仰、神事と法会、巡礼、巫者・祈禱師、信仰集団、狐憑きや犬神などの憑霊・霊異現象を記す。節ごとに地区と地名を挙げて事例を並べる編み方で、祟る石や産女石、落人の墓なども忌地の項に見える。