疫病退散の水神祭と両国の花火
どんな伝承か
東京隅田川畔で毎年催される両国川開きの花火大会の起源について語られる説。全国的な凶作と江戸の疫病流行のために多くの死者が出たことから、幕府はその慰霊と悪疫退散をかねて、享保十六年(一七三一)に両国橋近くで水神祭を催した。このとき両岸の水茶屋が献上花火をあげたのが、その後の花火大会隆盛のもとになったという。花火はもともと鑑賞用のみならず邪霊悪魔払いにも用いられ、その殻を軒先に掲げて魔よけの呪物とする風習も各地に見られる。
原典より
幕府がその慰霊と悪疫退散とをかねて享保一六年(一七三一)に両国橋近くで水神祭を催したとき、両岸の水茶屋が献上花火をあげたのが、その後の隆盛を招来したものだという説があるくらいのもの。—— 現代の迷信(今野圓輔・現代教養文庫・1961年(昭和36年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代の迷信(今野圓輔・現代教養文庫・1961年(昭和36年))
『現代の迷信』は、今野圓輔が昭和三十六年に著した、現代の俗信を一般の読者に向けて説いた読み物である。昭和三十年代の新聞・雑誌の報道や聞き書きを主な材料に、縁起かつぎ、前兆・占い・禁忌・まじない・願掛け、憑きもの落としの殺人や新興宗教の騒ぎまでを全国から拾い集めている。「現状」「過誤と真実」「その背景」「迷信論」の四部から成り、巻末に読者の問いに答える迷信身の上相談を付ける。