人形が教えた死の予兆(博多人形の割れた傷)
どんな伝承か
長谷川時雨の妹の夫が海軍中尉だったころ、新婚で呉軍港に家を持った記念に博多人形が贈られた。海軍軍人の像と花嫁の像だったが、軍人の像は首から肩へかけて割れていた。縁起が悪いと父が綿に包んで土蔵にしまい込む。七年後、妹婿は中佐となって再び呉に住んでいたが、その人形が引っ張り出されたので、父は佃島の岸に立つ土蔵の窓から海へ投げ捨てた。まもなく妹婿は軍艦の上で精神を病んだ水兵に手斧で斬られて死んだ。傷は首筋から肩先へかけてで、七年前に見た人形の割れ傷とそっくりだったという。
原典より
時雨 死の前兆というものは、六年も七年も前にあるものでしょうか。—— あの世はあった―文豪たちは見た、ふるえた(三浦正雄・矢原秀人・2006年(平成18年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
あの世はあった―文豪たちは見た、ふるえた(三浦正雄・矢原秀人・2006年(平成18年))
『あの世はあった――文豪たちは見た!ふるえた!』は、三浦正雄と矢原秀人が二〇〇六年に著した、近代日本の作家や知識人の霊体験を紹介する読み物である。熱海の旅館で遠藤周作と三浦朱門が同時に遭った幽霊、佐藤愛子の心霊現象、菊池寛・宮沢賢治・小泉八雲・土井晩翠・新渡戸稲造・南方熊楠らの体験、夏目漱石の臨死体験を、本人や周囲の文章を引いて語る。一人一章の全十二章にまえがき・あとがきを添え、巻末に霊媒クランドン夫人の実験記録を付録として収める。