黒烏大明神に誓い鎧を焚く
どんな伝承か
天正六年の冬、大友と島津が日向の耳川で雌雄を決する合戦の前夜、大友軍の先陣を率いる田北鎮周は一族郎党を呼び集めた。田北家の守り神である故郷直入郷下田北の黒烏大明神に勝利を願い、覚悟を示すため、自らが着ていた金蒔絵の鎧の胴を打ち割って火にくべた。燃え上がる炎の前で一同の決意を見届けた鎮周は、大友宗麟から拝領した三つ組の盃で皆と酒を酌み交わし、門出を祝った。しかし戦は大友方の敗北に終わり、鎮周をはじめ田北一族は残らず討ち死にした。その盃のひとつは今も竹田市小宛の田北家に残り、茗荷の紋と弓矢に「叶」の一字を描いたものだという。
原典より
寒風の吹きすさぶ河原の闇に、めらめらと燃え上がる炎に照らされた勇者たちの面魂に、覚悟のほどを見定めた鎮周は、…—— 大分県の民話 第1集(土屋北彦・大分県の民話シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
大分県の民話 第1集(土屋北彦・大分県の民話シリーズ)
『大分県の民話 第1集』は、大分県に伝わる伝説と昔話四十四話を収めた民話集である。杵築・国東・玖珠・久住・日田・大分などの土地にまつわる城主の姫の悲話、地蔵や御名号の霊験、大蛇やカッパのたたり、馬鬼退治、大友・島津の合戦の話に、亀の報恩、瓜姫、山うば、猿と蟹などの昔話を交え、方言の語りのままの話も含む。最後に、八百屋お七の恋人吉三郎が杵築の旅籠の主の勧めで八坂村白水に正寛寺を建てた由来を置く。