一夜で海に沈んだ瓜生島
どんな伝承か
昔、豊後湾に浮かぶ瓜生島は千戸を数える貿易港として栄えていた。島には、住人が一人でも仲たがいすれば神仏の怒りで島が沈み、その兆しに蛭子社の神像の顔が赤くなるという言い伝えがあった。文禄五年六月、甲引村の医者加藤良斎がこれを迷信と笑い、神像の顔を丹で赤く塗った。翌月から地震が続き、閏七月の十一日、十二日と揺れが重なって、高崎山や由布山が火を噴き石が降った。白馬に乗った老人が島中に避難を触れて回った後、大地震と高潮が島を襲い、島長幸松勝忠は息子信重と海に投げ出されたが、空から差し出された竹にすがって加似倉山の麓に打ち上げられた。夜が明けると島は跡形もなく、溺れ死んだ者は七百余人という。
原典より
一夜明けて地変はおさまりましたが、海上には島影一つなくなっていました。—— 大分県の民話 第2集(土屋北彦・大分県の民話) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
大分県の民話 第2集(土屋北彦・大分県の民話)
『大分県の民話 第2集』は、土屋北彦による大分県の民話集である。日田の鬼大夫永季、府内の山弥長者、柞原八幡縁起、小豆研ぎ、百合若物語りなど、県内各地の長者譚・社寺の縁起・人柱・妖怪・英雄の伝説を、古代から江戸時代までの年号や現在の市町村名を添えて語り直す。三十二話を一話ずつ題を立てて並べ、多くは「です・ます」の語りで、方言による短い昔話も交じる。