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白旗が示した柞原八幡宮の創建

所在地大分県大分市大字八幡(柞原八幡宮)
登場金亀和尚、大江宇久、比叡山延暦寺の僧、豊後国司
出典大分県の民話 第2集

どんな伝承か

天長七年、比叡山の僧金亀和尚は宇佐神宮に千日の参籠を誓って勤行していた。七月七日の明け方、神殿の奥から八幡菩薩の声がして、豊後の柞原山に垂迹するので急ぎ向かえと告げられた。和尚が賀来郷の柞原山まで来ると、大きな樟の梢に八条の白旗が掛かっており、これを菩薩の示しと見て社地を定めた。国司大江宇久を通じて朝廷に奏上し、承和三年に柞原八幡宮が造営され、豊後一の宮として崇められた。のちに和尚が里へ托鉢に出た折、社の行く末を占おうと鉢を空へ投げると、鉢は西の大分郡石城川村に落ちて来鉢の地名となり、再び投げると東へ飛んで参道わきに落ち、石と化した。和尚はこれを見て、やはり由須原の地こそ神意にかなう聖域だと満足したという。この鉢石は今も残るという。

原典より

和尚はこの啓示に従って、早速豊後国に下向し、賀来郷柞原山のあたりまで参りますと、大きな樟の木の梢に、八条の白旗がかかっているのが目にとまりました。—— 大分県の民話 第2集(土屋北彦・大分県の民話) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

大分県の民話 第2集(土屋北彦・大分県の民話)

『大分県の民話 第2集』は、土屋北彦による大分県の民話集である。日田の鬼大夫永季、府内の山弥長者、柞原八幡縁起、小豆研ぎ、百合若物語りなど、県内各地の長者譚・社寺の縁起・人柱・妖怪・英雄の伝説を、古代から江戸時代までの年号や現在の市町村名を添えて語り直す。三十二話を一話ずつ題を立てて並べ、多くは「です・ます」の語りで、方言による短い昔話も交じる。

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