竜となった娘を嘆いた次兵衛の塚
どんな伝承か
川越市砂新田には次兵衛塚という塚がいまも残っている。『新編武蔵風土記稿』は、松平伊豆守の物頭だった吉田次兵衛が、自分の給地だったこの地に本明院を開き、手元の武具を埋めて塚を築いたと記す。その一方で、この塚は次兵衛の入定塚だとも伝えられる。『入間郡誌』によれば、子のなかった次兵衛は榛名神社に祈って女の子を授かったが、神の申し子であったため六歳ほどで神のもとへ帰ってしまった。嘆いた次兵衛が再び祈るとわずかに姿を見ることができ、三度目には竜となって現れた。次兵衛は世を厭い、穴に入って七日念仏して亡くなり、村人にはあらかじめ塚を築くよう頼んでいたという。塚の上の社はいま吉田神社と呼ばれる。
原典より
ところがこの塚は一方では、次兵衛の入定塚だと伝えられている。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。