三成の忍城攻めと一夜堤
どんな伝承か
天正十八年(一五九〇)、豊臣太閤の部将石田三成が忍城を攻めたときに築かせた石田堤は、俗に一夜堤とも呼ばれている。その名残はいまも旧吹上町袋と行田市堤根の間にあり、県の史跡に指定されている。堤根には慶応二年(一八六六)に下忍村の増田豊純が寺門静軒に頼んで建てた石田堤之碑が残る。もっとも三成は一から堤を築いたのではなく、以前からあった堤を水攻めに利用したものとみられ、清水雪翁の『北武八志』もそう推している。
原典より
石田堤は天正十八年(一五九〇)豊臣太閤の部将石田三成が忍城攻めの時築いたものである。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。