トップ > 埼玉県の伝承 > 川越市

東明寺合戦の戦死者を葬った首塚

所在地埼玉県川越市志多町(東明寺)
年代天文年間
登場北条・両上杉の将兵
出典埼玉県伝説集成——分類と解説 中

どんな伝承か

川越市志多町の東明寺について、『川越素麺』は次のように書く。東側の檜物屋の裏手に首塚があったが、いまは塚の形もない。天文年間に北条氏と両上杉氏が夜戦をした頃、討ち死にした侍の首を一つにまとめて塚に築いたものという。宝永年間にこの塚を掘り崩したところ、三、四百ほどの髑髏が出てきた。東明寺口の戦いで多くが死んだと古い記録にもあり、ここが戦場だったことは疑いなく、いまも土を掘れば髑髏が出るという。十方庵の『遊歴雑記』も、この合戦で死んだ七百余人の首塚があったが、近年寺の僧が境内の邪魔だとして取り壊したと記す。

原典より

昔、東明寺合戦の時戦死した七百余人の者の首塚があった。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用
地図で位置を見る

※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)

『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。

種別から探す

首塚髑髏

川越市の伝承

同じ種別の伝承

同じ文献『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』の伝承