武生の心あひの風の歌
どんな伝承か
日本海の側では東は津軽の岬端から西は島根県の一部まで、アイの風の名がほぼ一続きに行われ、言葉がきれいなために時々は歌謡の中に入って、海からやや入り込んだ土地にまで伝わり記憶されている。越前の武生などには、今でも汽車が通るたびに必ず思い出す中世の遊女の歌がある。「武生のこふ(国府)に我ありと、親には申したべ心あひの風、さきんだちゃみちの口」。かつてこの都会が東西交通の要衝であった時代に、遠くこの風の風下の方からさすらって来たと称する女たちが、しばしばこう歌を唱えて旅人の哀れみを誘おうとした。心あひの風はいわゆる掛け言葉で、風を孤独の身の友と呼びかけたのであろう。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。